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住めばバマコ -1- 突然のチャンス 

アフリカ大陸。

それは極楽生活に入った私の前に、
南米大陸と共にに大きく横たわる、
いつかは征服しなくてはならない課題であった。

通常アフリカと聞いて思い浮かぶのは、
エジプトのピラミッド、ケニヤのサファリやタンザニアのキリマンジャロ、
もう少し詳しい人であれば南アフリカのテーブルマウンテンあたりであろうか。

バックパッカーにとっても、
南米から南アに入ってアフリカの東側を北上していくというのが、
一つの定番である。

             

さて、どうやってアフリカに行ったものかと思案していた私であったが、
チャンスはいとも簡単にやってきた。

西アフリカとの交流を目的とする、とあるNPOを運営する私の知り合いが、
その年の11月の下旬から、マリ共和国への旅を予定しているという。

そしてその内容は、

その年の年末にマリの首都バマコで国際パーカッションフェスティバルが開催され、
アフリカ中のパーカッションニストが一堂に会する。

そしてニジェール河中流にある「黄金伝説の街トゥンブクトゥ」と、
「神話の地ドゴン」を訪れる。

更にサハラをラクダで進み「砂漠の民タマシェク(トゥアレグ)族」のテントにも泊まる。

という、とてつもなく魅力的なものだったのである。

             

ツアーなどがある程度確立されているアフリカの東側と違って、
西アフリカはその情報量も極端に少なく、
現地に通じた人と一緒でなければ、
なかなか足を踏み入れることができないとも言われていた。

私はその旅の計画を聞くと同時に、
ほとんど発作的に同行する事を決断し、
早速、初めてのアフリカ行きの準備に取りかかったのである。

<つづく>
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住めばバマコ -2- 注射の洗礼 

私は未知の大陸へ思いを馳せながら、早速準備にとりかかった。

まずは予防接種からであるが、
本格的なアフリカへの旅の準備として経験された方はご存知かと思うが、
その数からしても半端ではない。

A型肝炎、B型肝炎、狂犬病、破傷風が各2回。
そして最後に黄熱病が1回。

それを短期間で済ませる必要があるので、

「今日は右腕にA型とB型、左腕に狂犬病と破傷風にしましょうか。」

などという事になり、
それだけでも、むしろ身体に悪いのではないのかという気がしてくる。
(本末転倒ではあるが)

しかもそれぞれの注射が1回につき約7~8千円。

アフリカは準備段階からして、なかなか手強いのである。

             

そんな慌しい準備の中で、
何とか私は予定通り予防接種を打ちまくり(正確には受けまくり)、

「これで50歳位まではOKでしょう。肝炎はもう1回打ったほうが確実だけどね。」

というお医者さんの言葉の前半部分だけを肯定的に受け止め、
フルスペックの身体でアフリカに臨むことになったのである。

<つづく>
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住めばバマコ -3- バマコへ 

さて、延べ9本の予防接種を無事終了し、

「自称・50歳までは無敵な身体」

を持つ事になった私は、
次の準備として航空券の手配に入った。

             

西アフリカは、過去にフランスの植民地だった地域であり、
その関係からエール・フランスが就航している国が多い。

チケットの調達に際していろいろ調べてみたのであるが、
エール・フランスのようなメジャーなエアラインは、
やはり運賃もメジャーであり、
乗り継ぎのパリまでの分も考えると、結構な料金になる。

結局我々が選択したのは、

成田~パリはアエロフロート(当然モスクワでの乗換え付き)、
パリ~バマコはPoint-Afrique(不定期運航の格安チャーター便・モロッコ経由)という、

「値段の安さでは最高ランク、運航の信頼性という意味では最低ランク(たぶん)」

であろう、何とも渋い選択をしたのであった。

             

かくして我々は、
アエロフロートで機内預かりの荷物が1つ行方不明
(後に貴重品だけ抜かれてバマコに到着)という、
予想し得る最低限の(?)被害を被っただけで、

凍てつくモスクワ空港の景色の記憶もまだ新しいままに、
サハラ砂漠の南に位置する、
マリ共和国の首都バマコに到着したのである。

<つづく>
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住めばバマコ -4- 既にディープ 

モスクワ経由のアエロフロートでパリまで約15時間、
パリで一泊してモロッコ経由の格安不定期チャーター便で約7時間。

ついに私はアフリカの地を踏んだのである。

             

バマコの空港は、手荷物を待っている間から、
既に「ディープ」であった。

通常は出迎え客、タクシーの運転手やガイドなどは、
手荷物のターンテーブルのあるエリアには入ってこられないはずであるが、
そんなルールなど存在しないのか、皆コネを使っているのか、
平気で中まで入ってきて、

「荷物を運んでやる」だの「ガイドは必要ないか」など、
既にあの手この手で客の争奪戦を始めている。

そしてほとんどが黒人のこの場所において、
アジア人の我々一行は、当然のことながら目立っている。

決して皆が悪い奴ではないのであろうが、
ここは私にとっては未知の大陸なのである。

             

旅先で空港に到着してから最初の宿泊場所に向かうまでは、
ある意味で一番用心すべきだし緊張を強いられる場面でもある。

かつて航空機の遅延で深夜のブエノスアイレスの空港に一人で到着したり、
キューバのハバナの空港で、手配していた車が到着しておらず、
現地の人に取り囲まれ、全く言葉が通じず立ち往生してしまったなどの経験もあった。

こういう状況は旅にはつきものとはいえ、
特に慣れない場所や危険とされる国の空港では、
できれば速やかに宿泊場所までは移動したい。

             

果たして、
我々を目がけて一人の若者が親しそうな笑顔を向けて近寄ってきた。

皆一瞬身構えたのであるが、
それが現地でのガイドを務めてくれるソリ君であると判明し、
我々はやっとアフリカの空気を吸い込み一息つけた気がしたのであった。

<つづく>
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住めばバマコ -5- アパートに到着 

ようやく空港を抜け出した我々は、
まずは乾杯という事で、
近くのレストランで、それから1ヶ月近くほぼ毎晩お世話になる
よく冷えた「カステル・ビール」で、マリ最初の乾杯をした。

(後にこの「よく冷えた」がここでは非常に貴重である事が判明する)

             

旅の疲れをビールでほど良く癒した我々は、
今後のバマコでの生活の拠点となる、市内に借りたアパートに向かうことにした。

私は到着するまでは、「アパート」というものをイメージできていなかったのであるが、
事前に聞いたところによると、

「トイレもシャワーもちゃんとある」

という事であった。

車はどんどんバマコの雑踏の中を進んでいく。
その日は既に日が暮れており車の中からは周囲の様子が分からなかったのであるが、

「地元の人でなければ足を踏み入れる事のないエリア」

に向かっている事は間違いなかった。

             

約30分ほどの後、ついにアパートの前に到着した。
そこは周囲の建物と比べ少しだけ高い四階建ての、
ブロックでできたビルであった。

他の住人は当然地元の人のようである。

案内されて中に入ると六畳ほどのリビング(?)の両側に部屋が一ずつ。
家具といえば、リビングの床に敷いたゴザ、
それに各部屋に人数分置かれたマットレスと蚊帳くらいであろうか。

ここで日本人5名のメンバーが、
現地の人と同じようにこれから生活していくのである。

             

早朝パリを出発して以来の移動からやっと解放された私は、
水のシャワーを浴びた後に、
翌日からのバマコでの生活に思いを馳せながら、
床に敷いたマットレスの上で、深い眠りに落ちていったのであった。

<つづく>
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住めばバマコ -6- 早朝、謎の叫び 

翌日の早朝、私は何事かの大きな音で目を覚まされた。

一瞬自分が今どこにいるのか、
何が起きたのかわからなかったのであるが、
誰かが外で何かがなりたてている。

そうだ、俺は今バマコのアパートにいるのだ…

まだ半分眠った頭で私は考えた。

だとするとこれは一体何なのだ…

             

時計を見ると時間は朝の5時。
私はマットレスに横たわったままで、
この騒々しい音は何であるのかを考えてみた。

どうもそれは複数の場所で誰かがマイクで叫んでいるようであり、
その大音量は、部屋の中で眠っている耳元まで容赦なく襲ってくる。
しばし朦朧とした後、ようやく私はそれが何であるのかがわかった。

それはイスラム寺院が毎日決まった時間に、祈りをささげるように皆に呼びかける、
「アッザーン」の声であった。

しかも我々のアパートは二つの寺院に挟まれているらしく、
それぞれの寺院は、何の調和も感じさせずに、
そしてご丁寧にもお互い競い合うようにして呼びかけている、
いや、叫び合っているのである。

             

私が最初に行ったイスラムの国はトルコであったが、
モスクの向こうに沈むイスタンブールの夕日を眺めていると、
どこからともなく聞こえてくるアッザーンの声には、
何ともエキゾチックな風情があった。

ただそれも、時間と場所によるものである。

             

何分くらい経ったであろうか。
ようやく朝のアッザーンも収まったようである。

そうか、ここはイスラムの国だったのだな…

私はそんな事を思いながら、
これから毎朝繰り広げられる事になる

「夜明けのアッザーン / 夢の競演」

の事など考えにも及ばず、

更に何分か後には別の物音でまた起こされるはめになるとは知る術もなく、
また眠りに落ちていったのであった。

<つづく>
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住めばバマコ -7- 更に階下から謎の物音 

バマコでの初日の早朝。

早速「夜明けのアッザーン / 夢の競演」の洗礼を受けた私は、
また眠りに落ちていった。

             

それからどれくらい経ったであろうか。

今度は何か別の物音がしてきて、
私はまた眠りを中断されることになった。

どうも表の方から「ドスッ」という鈍い音が何度も続いている。

それは何かを力任せに刃物で叩き切っているような、
何とも不快な音である。

             

今度は一体何なのだ…

私はマットレスの上で、まだ半分眠りながら考えを巡らせてみたが、
全く検討がつかない。

そのうちに、何かがやがやと人が集まってきているような物音さえする。

起きて確認するか、このまま無理やり眠ってしまうか…

しばし逡巡した私であるが、
やはり最後は好奇心を抑えることができず、
ふらふらと立ち上がり窓の方へ近づいていった。

そして錆びて建て付けの悪くなっている鉄格子の窓を
半ば強引に開いた瞬間、
思いがけない光景が私の目に飛び込んできたのである。

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住めばバマコ -8- 正体が判明 

アパートの3階の部屋の、
少し錆びた鉄格子を思いっきり外に押し開くと、
バマコの早朝の明るい光が部屋の中に差し込んできた。

そして私の目の前には、
地元のそれもかなり大きなマーケットが、
どーんと広がっていたのである。

下を見下ろすと、舗装されずに所々ぬかるみになった道を、
朝の食材を買うためか、多くの人々が行きかっている。
我々のアパートは賑やかなマーケットに隣接した、
現地の人の生活のど真ん中に位置していたのである。

             

いいよね、これ。

若干寝不足ではあるものの、
私はすっかりいい気分で窓から人々の往来を眺めながら、
初めて見るアフリカの日常の光景を楽しんでいた。

そしてふと真下の路上を見たところ、そこでは肉屋が店を開いており、
たぶん羊かヤギと思われる肉の塊を、
お兄ちゃんが大きな出刃包丁で叩き切りながら、
塊ごと客に売っているではないか。

             

この音であったか…

こうして早朝から階下で響いていた謎の鈍い音の正体を、
私はやっとつかめたのであったが、
我々はその後約一ヶ月に渡ってほぼ毎朝、

「夜明けのアッザーン&早朝のブッチャー肉叩き切り」

という朝の騒音最強コンビと、
付き合っていく事になるのであった。

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住めばバマコ -9- そして朝食 

図らずも早起きを強いられた我々は、
朝食の準備にとりかかった。

メニューは基本的にはフランスパンとインスタントコーヒー。
フランスパンは近くの路上で売っている。

アフリカでフランスパン。

何かイメージが結びつかないのであるが、
フランスはかつてのマリの宗主国。
ラオスでもそうであったが、
旅をしていると、意外な所でおいしいフランスパンが食べられたりするのである。

過去の列強による植民地支配の名残が、
今も人々の生活の中に息づいているとも言える。

             

そして貴重なのが、
ここへ来る途中で経由したパリのホテルでの朝食のビュッフェから、
皆で分担して持ってきたジャムやバターなどの小さなパックである。

「こういうのは向こうで手に入らないから」

という経験者の言葉に従い、
我々は何となく人目を気にしながらも、
こそこそと分担してポケットに入れて部屋に持ち帰ったのであるが、
これが単調になりがちな朝食に彩りを添え、
かなり重宝したのであった。

普段我々が気にも留めず普通に使っているものが、
ここではとてもありがたく感じられるという事を、
私はそれから先も、何度となく経験するのである。

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住めばバマコ -10- シャワーの洗礼 

アパートにはシャワーと水洗トイレがある。

しかしここでは、
それは水がふんだんに使える事を必ずしも意味しない。

我々の部屋が3階であるので水圧が弱いからか、
元々水道のインフラが貧弱なせいなのか(たぶん両方だと思われる)、
ある時間になると水が全く出なくなるのである。

かなりの確立で水が出ないのが夕方。
たぶん各家庭で、夕食の準備で一斉に水を使うからであろう。

我々はその時間を避けてシャワーを浴びるようにしていたのであるが、
やはり昼間の暑くて埃っぽい外から帰ってきた時には、
一刻も早くシャワー(もちろん水)を浴びたいものである。

そんな時は、水の出ている間に大急ぎで順番に浴びるのであるが、
運の悪い時もある。

             

ある日の夕方、私はいつもの通り素早くシャワーを浴びていた。
使い始めの水の出方は上々。

今日は結構いけそうじゃないか…

私はいつもより丁寧に石鹸を身体に塗りつけていた。

その時である。
そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、
何の前触れも無く、水が一滴も出てこなくなったのである。

あわてて水道の蛇口を全開にしてみるものの、時既に遅し。
そこからは僅かな水滴が落ちていくのみであった。

その時点で私の身体は石鹸だらけ。
しかも手元には乾いたタオルしかない。
石鹸を拭いて外に出るのも、あまりに気持ち悪いし、
かと言っていずれ水が出てくる保証はどこにもない。

一瞬すぐ横にある水洗トイレの便器が目に入ったが、
そこに僅かに残った水を使うのも、
人としてどうであろうか。

             

そう、私は今アフリカにいる…

ここバマコのアパート3階のシャワー室において、
蛇口から空気と共に出てくる「シュー」という虚しい音を聞きながら、
私は水のありがたさについて、
石鹸にまみれた身体で呆然と考えていたのである。

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住めばバマコ -11- 重要なミッション 

幸運にも無事シャワーを浴び終える事のできた日は、
それから夕食の時間である。

アパートのキッチンには流し台とプロパンガスのコンロがあるが、
やはり本格的に料理をできる設備ではなく、
当然冷蔵庫なども存在しない。

こういう状況の中での普段の夕食は、
近くの屋台で売っている簡単な串焼きなどに路上で買ってきた野菜、
というのが基本メニューとなる。

そして問題は飲み物である。

             

バマコの街はとても埃っぽい上に、日中はかなり暑い。

となれば当然、夕方素早くシャワーを浴びた後に、
冷たい炭酸系のアルコール飲料で喉を「シュワー」と洗い流す事は、
ある意味で万国共通の基本的人権とも言える。(少々お気楽ではあるが)

「ビールは私の主食である。」

世界の各地でこう断言してきた私は、
当然おかずの買出しよりも、
冷えたビールの調達を率先して申し出たのは言うまでも無い。

情報によれば、2ブロックほど先のバーで、
何と冷えたビールが買えるらしいではないか!

             

そして数分後。

路上には、現地の人々の圧倒的な好奇の目に曝されながらも、
顔には満面の笑み、手にはお買い物用のビニール袋を提げて、
意気揚々とビールを調達に向かう二人の東洋人オヤジの姿があった。

<つづく>
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